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学力低下論

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日本の中学生の数学の学力は低下している訳ではない。

「学力低下」という言葉が声高に叫ばれるようになったのは何時からなのだろうか? 僕が記憶する限りではここ10年くらいなのだが、「最近の若者は……」という言葉のように昔から言われ続けて来たのかも知れない。受験戦争が最も激しかったと言われる80年代〜90年代初め以前の時代には「学力低下」という言葉は無かったのではないかと思うが、その辺りは22歳の僕にはちょっと判断出来ない。取り合えず、ここで言う「学力低下」とは、「ゆとり教育」が実践されはじめた最近の事だと思ってもらいたい。さらに特に断らない限り、数学の話とする。(←数学が最も問題視される事が多いから)

数年前に「学力低下」論争でしばしば話題に上ったのが、国際教育到達度評価学会(IEA)による国際数学教育調査である。特に中学2年生を対象とした試験が注目を集めた。この調査は調査は約70問の問題を90分で解く形式で行われたが、それまで国際順位で常にベスト3を保って来た日本が、1999年に初めて5位まで落ちたのである。マスコミはこれを以て「日本の中学生の学力が落ちている」と報道した。

この調査によれば、“中学校2年の国別の数学の認知的な学力の順位”は、
1964年 1位イスラエル・2位日本・3位ベルギー
1981年 1位日本・2位オランダ・3位ハンガリー
1995年 1位シンガポール・2位・韓国・3位日本
1999年 1位シンガポール・2位・韓国・3位台湾・4位香港・5位日本
となっている。“認知的な学力”とは、試験の点数の事だと思ってもらって問題無い。

なるほど、確かに日本の成績は落ちている。1995年にはシンガポールと韓国に抜かれ、1999年はさらに台湾と香港にも抜かれている。この調査のサンプル数は1ヶ国当たり約5000人もあり、偏差の問題は考えなくても良いだろう。つまり日本の国際順位が落ちたのは「偶然」ではないという事だ。

ところが実は香港以外の3ヶ国は日本が1位になった後から調査に参加した国々なのである。つまり、日本はこの3ヶ国に「抜かれた」訳ではない。それらの国は元々日本よりも高い学力を有していた可能性がある。また、この調査結果を見ると参加国が殆どアジア地域だけのように感じられるかも知れないが、アメリカやイギリス等の先進国もしっかり調査に参加している事は念頭に置いておきたい。

さらに注目したいのは“異なる年に於ける同一問題の正解率”である。国際数学教育調査では一定の問題をその前の調査問題と同じにして、なるべく公平な年代間比較を出来るようにしているのである。

これによれば例えば1964年と1981年の調査では37問が同一の問題であり、平均正答率は1964年が65%、1981年が64%であった。殆ど変わっていない。次に1981年と1995年の調査では21問が同じで、平均正答率は1981年が60%、1995年が62%である。僅かながら正答率はアップしている。そして1995年と1999年では48問が同じで、平均正答率はどちらの年も78%だった。

以上の事から言えるのは、世界一の成績を記録した1981年よりも1995年の方が僅かながら正答率は高く、1999年は1995年と同程度であるという事だ。

以上より結論。

日本の中学生の数学の学力は低下している訳ではない。低下したのは国際順位だけである。


しかし「日本の中学生の数学の学力は低下している訳ではない」と言っても、「日本の中学生の数学の学力が伸びている」訳でもない。となれば、「これだけ長い期間の間に学生の平均的学力が伸びていない事に問題は無いのか?」という問題提起は可能だろう。しかしこの手の議論は感情論に流され易く、正直僕自身は自分独自の意見を持っていないに等しい。よって、この話題は回避し、別の側面の問題点を指摘してみる。

「学力低下」は「ゆとり教育」方針の結果だと言われている。確かにその面はあると思う。そしてそれに関連して話題に上るのが小学校に於ける「円周率を3とする」問題だろう。

実は誤解が激しいのだが、現在の小学校では「円周率は3である」と教育している、という事実は無い。しっかりと「円周率は約3.14である」と教えている(筈だ)。では「円周率は3である」というのは何かというと、実際に問題を解く際に「円周率を3とする」という注意書きがあるのである。

これは2つの理由からなる。現行の指導要領では掛け算は“2桁×2桁”又は“3桁×1桁”までしか教えられない事になっている。だから円周率で3.14を使ってしまうと、円の半径は1cmか2cmか3cmにするしかなくなってしまうのだ。(4cmだと半径×半径で16になってしまうから。)これでは実質的には問題が作れない。もう一つの理由は決定的である。小数点第2位以下の数値の計算を現在の小学校は扱わない。従って3.14を用いた計算は全てアウトとなる。

つまり現在の小学校では、「円周率を3とする」というよりは「円周率が3.14だと問題が作れない」のである。このような桁数で仕切りを作るやり方は数学的には全く本質的ではないのだが、小学校だけではなく中学・高校でも、この規則が平然と用いられている事を知っているだろうか?

中学・高校では“高次多項式”というものを習う。“高次多項式”とは3次以上の多項式の事を言うが、やはりここでも4次以上の多項式を扱う事は禁止されているのである。確かに因数分解などは4次以上をやらせる必要は殆ど無いと思うが、積分の分野では少々困った事になっている。3次式を積分すると4次式になってしまうからだ。よって高校の教科書の積分は2次(又は1次)関数に対してしか行われていない。これでは積分が、放物線や直線で囲まれた面積しか求められない、という印象を与えてしまう。ただ、高校まで来れば指導要領はかなり無視される傾向にあるので、この問題はそれほど表面化していない。

以上より結論。

小学校では現在でも「円周率は約3.14」と教えている。しかし円周率を3.14とすると問題が作れない、という事態に陥っている。


しかし実際は小学校の教科書には「円周率を3.14とする」問題が掲載されている。これは“電卓の使用”を推奨した問題である。現在の教科書の一部の問題には電卓のマークが記されており、電卓の使用が薦められている。

煩雑な計算に対しては筆算ではなく電卓を使用すべき、という流れが日本でも根付いて来ている。確かに社会に出て3桁×3桁の掛け算を筆算で解いている人は殆どいないだろう。電卓や何らかのコンピュータを用いるのが常だ。それを考えると現在の指導要領の「2桁×2桁、3桁×1桁まで出来れば良い」という方針は現実に即していると言える。

しかし「計算能力がその程度でそれから先の数学をやっていけるのか?」という問題は有りそうだ。多分無理だろう。ただ「中学・高校の数学なんか全く役に立たない」という意見が根強い事は事実で、そうなれば「その先の数学なんか出来なくても構わない」という主張も出来る。僕は全然そうは思わないが。

さて、日本の小学校の算数教育で電卓を積極的に取り入れ始めたのは、欧米各国を見習ったからだと思われる。国際教育到達度評価学会(IEA)の1995年の調査では、小学校4年生(又はそれに相当する学年)の学校の授業に於ける電卓使用率は、アメリカが71%、カナダが63%、イギリスが92%だった。対して日本は6%に過ぎない。

興味深いのは、これら電卓使用率の高い国々の殆どがIEAの国際数学教育調査で低成績だった事である。小学4年生の国際成績は24ヶ国中、アメリカが12位、カナダが13位、イギリスが15位だった。一方、成績上位5ヶ国(シンガポール・韓国・日本・香港・オランダ)の電卓使用率は全て15%を下回っている。特に大差で1位となったシンガポールの電卓使用率は僅か3%で、日本よりもさらに低い。

これが何を意味するのかは分からない。「小学校での電卓の使用は寧ろマイナスに作用する」と結論付けたい処だが、同一条件の比較でない以上は断定出来ない。単に偶々アジア系民族が算数に強かっただけかも知れない。

もう一つ興味深いのは中学生の電卓使用率だ。やはり1995年の調査だが、この時に日本の中学2年生の数学の授業に於ける電卓使用率は21%だった。実は中学校でこんなに電卓を使わないのは日本と韓国くらいで、世界の殆どの国々は90%以上の学校が電卓を使用している。小学校での使用率が低かったシンガポール、香港、オランダの中学校での使用率はそれぞれ順に99%、92%、100%である。ちなみにこれらの国々は中学2年生の国際数学教育調査でも上位を占めている。(シンガポールは小学4年生以上の大差で1位)

以上より結論。

電卓の使用が算数&数学の成績に影響を与えるかどうかは不明。しかし世界に習うのなら電卓を用いるのは中学校からにすべきである。


日本人の数学の学力格差が拡大するのは中学生からである。

国際教育到達度評価学会(IEA)の国際数学教育調査では各国の平均点だけでなく標準偏差も算出している。標準偏差の算出方法は高校2年生の数学の教科書を参照して欲しい。ここでは基本的に「各人の学力が拮抗していれば小さくなり、出来不出来が激しいと大きくなる数値」という理解で充分である。

1995年の調査によれば、日本の小学4年生の標準偏差は大きい方から26ヶ国中16位で、学力は平均している方である。平均点自体が非常に高い事を考えると、日本の小学4年生は学力が高い層に集中していると言える。

一方、日本の中学2年生の標準偏差は大きい方から41ヶ国中3位で、学力が非常に分散している事が分かる。しかし依然として平均点は高い。つまり、日本の中学2年生は高学力者が多い一方、低学力者も相当数が存在している事になる。

問題なのは、この二つの結果を並べて見た時に分かる。

これらから導かれるのは、日本では小学生から中学生になる間に数学が苦手になる学生が、他国に比べて多いという事実だ。

僕は数学に限らず他の科目でも、学年が上がるに連れて苦手な(所謂、落ちこぼれ)学生が増えるのは仕方無いと思う。段々と内容が難しくなるのは確かだし、加齢に従って自分の適性を知る事も有るだろう。しかしそれが「他国よりも多い」となると話が別である。ちなみにこの傾向は韓国と香港でも顕著に見られる。

以上より結論。

日本では小学生から中学生になる間に数学が苦手になる学生が、他国に比べて多い。


これは韓国・香港といった成績上位国に共通の傾向である。しかしただ一国、シンガポールだけは異なる傾向を見せている。

国際教育到達度評価学会(IEA)の1995年の国際数学教育調査ではシンガポールが小学4年生でも中学2年生でも2位以下に大差を付けての1位だった。ところが小学4年生の算数の標準偏差は大きい方から26ヶ国中1位であり、これまた2位に大差を付けている。(日本は26ヶ国中16位。)つまり、シンガポールでは小学4年生の時点でかなりの学力格差が発生している事になる。

しかし中学2年生のシンガポールの標準偏差は大きい方から41ヶ国中20位と、小学生4年生と比べて分散が小さくなっている。(日本は41ヶ国中3位。)シンガポールでは小学4年生も中学2年生も平均点が高い事を考えると、これは小学4年生では低成績だった層が中学2年生では好成績の層に移っている事を意味する。 どちらが望ましいかは言うまでも無いだろう。

ちなみに日本が目指していると思われる欧米のアメリカ・イギリスがIEAの調査では低成績である事は数日前に書いたが、この2ヶ国は小学4年生・中学2年生共に標準偏差の値が大きい。つまりアメリカ・イギリスは平均成績が良くない上に学力格差が激しい。

以上より結論。

日本の教育は、欧米よりもシンガポールを見習うべきである。


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