MENU TOP ABOUT DIARY COLUMN HOBBY NOVEL WORD BBS

読点の打ち方

COLUMN MAIN

女性お笑い芸人の“だいたひかる”のネタに、「私だけでしょうか? 句読点の打ち方に、自信が無い」というモノが有るのだが、そう感じている人は割と多いのではないか。僕も自信が無い。いや勿論、句点の方は自信満々なのだが、問題は読点の方だ。

考えてみると読点というのは、小学校で「その文章を読む時に、息継ぎをするべき場所に有る点」とかいう説明をされたように思う。その時は「あぁ、読む時の為の点だから“読点”なのか」と感じた。しかし改めて辞書で調べてみると、“読点”とは「意味の切れ目を示すため文中に施す符号」とある。つまり「人間が読む時の都合」と言うよりは寧ろ、もっと文章の内容に沿った意味合いが強い事が分かる。

この場合の「意味の切れ目」とは、独立した複数の単文が結合した“重文”の区切れなどを指すと思われる。例えば「今日はテニスをした。僕が勝った。」という2つの単文は、「今日はテニスをし、僕が勝った。」と1つの重文に纏められる事が有る。この際、本来の区切れである箇所に読点が打たれる訳だ。

しかし日記を書いていると、それだけでは読点の数が少ないように感じる。そして読点が少ないと、文章が読み難い。だから他の箇所でも読点を打つ事になる。

僕の場合、“或る文節の終わり”と“その次の文節の始まり”とが漢字同士、又は平仮名同士の場合に、読点を打つ傾向が有る。文節の区切れ目がハッキリしていないと、何となく気持ち悪くて嫌なのだ。しかしその全てに読点を打つと、今度は読点が多過ぎて逆に読み難くなってしまったりする。

そこで文節の区切れ目では、なるべく漢字や平仮名が続かないように文章を細工している。例えば上の段落の「文節の区切れ目がハッキリしていないと、何となく気持ち悪くて嫌なのだ」という文は、最初は「文節の区切れ目がはっきりしていないと、何となく気持ち悪くて嫌なのだ」と書いたのだが、それだと“はっきり”の前後が全て平仮名になってしまい、非常に気持ち悪い。かと言って、読点を打つような箇所でもない。そこで“はっきり”を“ハッキリ”と片仮名にする事で、何とか平仮名続きを防いでいる訳だ。

そして最終的に、どうやっても文章に工夫の余地が無く、さらに読点を打つのもオカシイと感じられる時、泣く泣く読点を打たなかったりする。「あぁ、この部分漢字が繋がっちゃったよ。何となく気持ち悪いなぁ」とか思いながら。

以上よりイイタイコト。

読点の正しい打ち方が分からない。分からない癖に妙なコダワリを持って、僕は日記を書いている。


今日今日のアクセス数/昨日昨日のアクセス数/累計累計のアクセス数
Read me! ページ最上段へ