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SKIM OVER STORY 第3話『出会い side:A』

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 ――1997年8月12日(火)

 楽しかった、あの夏の日々が戻って来る事は、もう無いのだろう。
 いや、あれは現実ではなく、単なる僕の『夢』だったのかも知れない……。

 ――だとしたら、僕は一体何をしていたのだろうか……。そして、これから何をするのか……。どうしたら良いのか……。

 ――1991年7月2日(火)

 僕の名は、松下和馬。小学校4年生だ。僕はいつも通り、学校から帰るとすぐに、家の近くにある浜辺へと走った。
 海水浴シーズンだというのに毎年全く誰も泳ぎに来ないその海岸は、僕のお気に入りの『領地』だった。僕にとって、その余りに広大な『領地』は、宝の山でもあった。綺麗な貝殻、踏むとキュッという小気味良い音が鳴る砂、真っ青な海……。
 ただ今日はいつもと違い、僕の大切な『領地』が誰かの侵入を許していた。僕が近付くのにも気付かず、ただじっと遠くの海を眺めていた、その『侵入者』は――

 ――咄嗟に「こいつは敵だ」って思ったね。あまりにも『自分』とは違い過ぎたから。

 その『侵入者』は、女の子だった。僕は最初、どう対応したら良いか分からず、戸惑った。僕はクラスの男子の中では大きい方だったが、彼女はその僕と、ほぼ同じくらいの背の高さだったのだ。
 ひょっとしたら『中学生』という名の『異星人』かも知れない。だとしたら、もうこの『領地』は諦めなければならない――そう考えていると、突然、彼女が僕の方を振り向いた。
 ――急襲だ! 気を付けろ!
 僕は即座に臨戦体制に入った。僕は、この未知の相手が怖かった。しかし、そんな僕に対して、彼女はいきなりニコッと笑いかけて来た。
「こんにちは」
 僕はまるで何かの薬でも飲まされたかのように、意識が少し遠のいた。既に僕には、彼女を直視する事が出来ない。
「君、私と同じ小学校の子だよね。校内で何回か見掛けたことあるモン」
 僕はハッとした。大きな勘違いをしていたのだ。彼女は『敵』ではなく、『仲間』だったのだ。
「ねぇ、何年生?」
 僕は素直に答えた。
「4年……」
「へぇ、学年の割に大きいのね。私は6年生。あと半年もしたら卒業なの……」
 何故か彼女は寂しそうに言った。

 ――小学6年生って言ったら、まだまだ子供な年齢だが、彼女は妙に大人びて見えた気がする。何と言うか、『全てを見透かされてる』って感じがした。

 次の日も、そしてまた次の日も、僕は海岸で彼女と会った。別にそこで2人で一緒に遊ぶという事は無かったのだが、あの時僕たちは確かに同じ時間、同じ場所を共有していた。しかしその間ずっと、彼女が寂寥以外の表情を見せる事は無かった。
 そして、そんな日々も長くは続かなかった。ある日からぱったりと彼女が海岸に現れなくなったのだ。その時に感じた、心にぽっかりと穴が開いたような感覚は、今でも忘れることが出来ない。
 そして夏が過ぎ、僕もあの海岸に行く事が無くなった。

 ――「もう会えないんだ」って思うと、無性に泣きたくなったりするよな。どんなに些細な相手でも、『別れ』って辛いんだ。でもその代わり、忘れてくのも早くて……。

 ――1994年7月5日(火)

 13才の夏――
「今日の夜、皆で幽霊退治に行こうよ」
 ――今日の昼休み、突然そんな事を言って来たのは、幼馴染の相田香織だった。近くには浦部輝彦と芦野結里が居る。学校的には「問題の4人組」らしい。僕は何も問題なんか起こしていない……それどころか寧ろ香織たちがやろうとする事を止めている立場なのに、何故か怒られてばかりだ。
「勘弁して欲しいよなぁ、幽霊退治なんて……」
 香織のその台詞の所為で、それからというもの僕はずっと憂鬱な気分だった。幽霊とか超常現象とか、そういうのが決定的に苦手な人間なのだ。
 幽霊――その存在を頭の中では否定しながら、それでも何かが否定し切れずにいる。滓のような物が脳内に溜まっている感じだ。堪らない。
 幽霊なんている訳無い――そうは思いながらも、何かを恐れている自分がいる。冷静に、そう認識している自分が。
 そんな自分が、何の因果か幼馴染3人と一緒に幽霊退治をする為、夜の学校へ忍び込む事になった。
 ――憂鬱だ。
「8時、だったか……。まだ随分、時間が有るな」
 ボンヤリと考えながら、足は自然と例の海岸へ向かっていた。この3年間、1度も行く事の無かった海岸に。
 そして、彼女はそこにいた。やはり遠くの水平線の方を眺めながら。
「久し振りね」
 振り向きもせず、彼女はそう言った。僕は少なからず驚いた。
 足音で誰かが近付いた事は分かったかも知れない。でも、それが僕だとは何故――?
 しかし僕は内心とは裏腹に、冷静を装ってそれとは関係の無い事を尋ねた。
「何を――見てるんだ?」
「……ずいぶん乱暴な言葉使いするようになったのね。でも、まあ仕方ないか。もう君も中学生だモンね」
 結局、訊いたことには答えてくれなかったが、何故かもう一度訊く気にはなれなかった。
 仕方なく僕は別の話題を探した。
 同時に、何か話さなきゃ、と思っている自分がおかしかった。
 3年前に度々会っていた時は、別に何時間もお互いに話さなくても平気だったハズだ。
 そう思ったので、その後は僕から口を開くことはなかった。

 ――あの頃は、何に対しても一生懸命だった。……意地を張ることにも。

 そしてその年も夏が終わりに近付くと、あの娘はまた来なくなった。
 その日、海岸に着いて誰もいないのを知ると、急に息苦しくなった。
 それからはその海岸を意識的に避けるようになった。

 ――この時には、はっきりと彼女が好きだった気がする。でも当時の僕には、その気持ちをどう扱えば良いか分からなかったんだ。

 ――1997年8月12日(火)

 さらに3年が過ぎ、16才の夏になった。
 その日、僕は3年振りにあの海岸に行った。また彼女に会えるのでは、と思ったのだ。何となく、だけれど。
 そして――彼女はいた。例の如く、遠い目をしながら。
「来たんだ……」
 例によって振り向きもせず、彼女はそう言った。
「ああ……」
 そして彼女は振り返った。6年前のように。
「ハハ……背、伸びたね」
 もう僕は彼女より頭一つ分、大きくなっていた。
「何を――してるんだ?」
 また答えをはぐらかされるかと思ったが、意外にもちゃんとした返事が来た。
「海を、見てるのよ」
「――何故?」
「何故ですって? 海を見るのに理由がいるのかしら」
「そんなコトないケド……」
「でしょう?」
 彼女は僕をからかうようにして笑った。
 僕も何となく笑った。カラカラと笑った。理由は無い。笑うのに、理由なんて要らなかった。笑いたいから、笑ったのだった。
 ただ――その日以来、彼女が海岸に姿を現す事が無くなった。

 ――人間てのは、汚いよな。どんなに純粋だったものも時間が経てば、みんな汚れていくんだ。……泣けるよな。

 僕は次の日、何故か涙を流した。
 いや、涙を流すのに『何故』なんて関係無い。
 そこには、何かを失った悲しさがあるだけだ。

 ――『人間の価値』は、その人がどんな時に泣けるかで決まる、って誰かの言葉が有ったな。……僕は正しかったかな?

 目の前には広大な海が広がっていた。僕は海岸に立っていた。もう彼女は現れない海岸に。
 どうやら気付かぬ内に過去の回想に浸っていたらしい。
 僕は思わず苦笑した。何故かは分からない。ただ、そうするのが自然だと思えたのだ。
 そして自然と僕は、思い出の浜辺を歩いていた。遠くの海を眺めながら。
 今となっては『あの娘』が誰だったのかを知る術は無い。
 そもそも彼女は実在の人間だったのだろうか? 僕は彼女の名前すら知らないのだ。
 ひょっとしたら、あの年代の少年特有の『夢』が夢を見させてくれただけかも知れない。
 しかし、そうではないという可能性が消えることも無いのだ。

 ――人間は磁石みたいなもので、両方が引き合わなくちゃ上手くいかないんだ。だから、僕たちは……。

 何日か後、再び海岸を歩いてみた。もう彼女は居ない、あの海岸を。
 すでに浜辺の砂は踏まれても気持ち良い音を出してくれない。
 この辺りもずいぶん開発が進んで、同時に汚染も進行したのだ。
 それでも僕は、ゆっくりと思い出をかみしめるように一歩一歩、歩いて行った。
 外観は大きく変わってしまったが、一つだけ変わっていないものもあった。
 水平線である。
 僕はそれを眺めながら、浜辺を歩いていた。

 ふと視界の隅に入るモノがあった。
 僕は立ち止まり、ゆっくりと顔をそちらの方に向けた。
 そして、目を大きく見開いた。


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