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SKIM OVER STORY 第4話『出会い side:B』

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 ――1991年7月2日(火)

 誰かが後ろから近付いてくる足音が聞こえたので、私はゆっくりとそちらを振り向いた。
 そこには私と同い年くらいと思われる男の子が立っていた。微かに見覚えのある顔をしている。多分、同じ小学校の生徒だろう。
 私と向き合う形となった彼は、ちょっと緊張したような表情をしていた。見知らぬ私の存在に警戒しているのかも知れない。
 私は思わず微笑んでしまった。心の中を隠さず、ありのままの感情を顔に表す彼を見て、その純粋さに心打たれたからだ。それは、いつの間にか私の中からは消えてしまったモノである。
 しかし彼はますますその緊張の度合いを強めてしまったようだ。よく考えてみれば、知らない人物にワケも無く微笑みかけられたのだから、確かに恐怖を感じても不思議ではない。というよりは当然だ。
 ――悪い事したかな?
 私は反省し、こちらから彼に話し掛ける事にした。
「こんにちは。君、私と同じ小学校の子だよね。校内で何回か見掛けた事あるモン。ねぇ、何年生?」

 私は平松泉。小学校6年生。赤と青――それが大空で混ざり合ったのが、私。
 悟が死んでから丁度、一週間が経っていた。
 私にとって、たった一人の兄弟である弟――それだけにショックは大きかった。
 しかし忌引きも終わったので、今日からまた小学校に通わなければならない。だけど、そんな短期間で私の心が癒されているハズがなかった。
 予想通り授業にはまったく身が入らず、終始ぼんやりとしてしまった。明日からは頑張ろう――そう思いながら下校していると、無性に海が見たくなった。
 弟の遺骨はお墓の下には無い。粉にされて、海に撒かれたのだ。
 ――だから海を見たい。少しでも弟を感じていられる場所に居たい。
 気付くと、私は近くの海岸に向かって走り出していた。

 ……私は海に向かって走っている。だけど、それで私はどうするつもりなのだろう? これから私は何処に向かい、そして何を求めるというのか――?
 海岸に着いて最初に目に映ったのは、真っ青な海と真っ青な空だった。それらの真青色が持つ神聖さは、私に対しては無言のプレッシャーにも皮肉にもなり得た。
 このままでは、私はこの世界から弾かれてしまう――そう感じられるのは、何故なの?
 ……青。あぁ、赤と別たれた、神聖なる青。そして穢れた私の中にも、その青が――

 私は毎日、彼と会い続けた。正確には、会っていた訳ではない。何もお互いに約束し合ったわけではなく、私も彼もその海岸に来続けた結果、自然とそうなったのだ。
 一緒に遊ぶでもなく、ただ彼と同じ時間と空間とを共有するだけ――それだけで私は何かが満たされていくのを感じた。
 そして一ヶ月くらい海岸に通う日々が続くと、私は段々と弟を失った辛さが軽減されていった。すると私は海岸に行くのを止めてしまった。
 彼には何も言わずに。

 ――1994年7月5日(火)

 弟が居なくなって3年が経った。私は3年前に弟を失った辛さを乗り越えてなどいなかった事に、ようやく気付いていた。
 私は――何をしているのだろう?
 何となく寂しさを感じた私は、あの海岸に行って海を眺めた。弟が眠っている海――そして私は今、此処にいる。
 視界の中では赤と青の鬩ぎ合いが目まぐるしく展開して行き――突如として、背後から足音。
 ――何故だろう? 確信が有った。
「久し振りね」
 考えるよりも先に言葉が口から出て行った。私は振り返ってもいない。
「何を――見てるんだ?」
 何を――? ……私は何を見ているんだろう?
 ――分からない。私には、自分が何を見ているのか、そして何処に向かっているのか、何も分からない。
「……ずいぶん乱暴な言葉使いするようになったのね。でも、まあ仕方ないか。もう君も中学生だモンね」
 彼の質問に答えられなかった私は、話を強引に逸らしてしまう。しかし、そこで彼が再び同じ質問をして来る事は無かった。
 あぁ、なんて居心地の良い――
 ――そして二人は沈黙する。遠くには美しい水平線が見える。これだけは、いくら時間が経っても変わらない。私がどんなに変わってしまっても。

 ――しばし後、私は自宅に帰る事にして。
 私が自宅の玄関のドアを開けようとした瞬間、ドアのすぐ傍に見知らぬ人物が佇んでいる事に気付いた。
 泥棒――!? 瞬発的にそう感じ、身を硬くした。動けない。
 しかし相手は私の緊張など何処吹く風といった様子で――私に対してゆっくりと語り掛けて来た。
「平松……泉さん、だね?」
 私は答えられない。何故か目の前の人物からは圧倒的なプレッシャーを感じる。
「君に動いて貰うのは……そう、今から丁度9ヵ月後だ。それまでは束の間の自由を楽しみなさい」
 その人物は掌を広げ、私の顔を覆うようにして近付けて来る。まだ私は動けない。
 遂に相手の掌が私の顔面に直接触れるに至り、私の視界の大部分は遮られる。煙草の臭いが染み付いた手だ。
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
「……これがあの平松悟の姉か。何とも呆気無かったな。まぁその方が私には好都合だが――」
 相手の声は私の耳を素通りするだけだった。ただただ通り過ぎて行くだけの音に過ぎない。
 その人物は不敵に哂うと、この場を去って行った。
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――
 そして、私は――


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