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SKIM OVER STORY 第5話『魔女』

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 ――1990年10月6日(土)

 表に捲られたタロットカードを眺めながら、私は話し始めた。
「泉さん――貴女は“鏡”だわ。自分というものを確固として持たず、全ては他を反射しているだけ。貴女のようなタイプは、取り敢えず自分を支えてくれる強固な“柱”を求めるものだけど、泉さんの場合は少し変わっているわね。貴女は他人にも“鏡”を探している。まるでそれで自身の本質を写してくれる事を期待しているかのように。でも――それは無理な事だわ。鏡の前に鏡が置かれても、それは“合わせ鏡”になるだけで、そこには何処まで深く見ても終わらない、無限の世界が広がっているだけだから。そして途方に暮れてしまうでしょう。幾ら自分を探しても、そこで自分は見付からないわ」
「じゃあ、私はどうするべきなのかしら?」
「そうね……」
 私は返答に詰まり、再びタロットカードを操り出す。何枚かのカードの配置を変え、そして1枚のカードを引っ繰り返した。
「色々な事を経験すると良いと思うわ。そこから朧げに自分の輪郭が浮かび上がって来るのを期待するのよ」
 学校の放課後――私は1つの占いを終えて、そして帰途に着いた。

 私の名は芦野絵里で、学年は小学5年生。2つ下に妹が居て――なんて呑気に自己紹介している場合じゃないんだった。
 私は正に今、“狩られ”ようとしている。

「なに澄ました顔してるの? それとも、あれかしら。こういう場面でも“魔法”で、どうにかしちゃうのかしら?」
 嘲るような口調で私に語り掛けて来た相手は、同級生の一人だった。彼女とは同級生というだけの、それだけの仲だ。少なくとも友達じゃない。
 彼女の周囲の連中も同様だ。挙って私を敵視し、そして排除しようとしている。
 原因は単純――私が“魔女”だから。そういう事らしい。
「そうね……それも良いかも知れないわね」
 余裕たっぷりに言い返してやる。見知った、しかし自分の敵である存在に囲まれて、そんな余裕は到底無いのだが。
 ここは学校の裏庭。小さな池や鳥小屋が有ったりするけど、普通の生徒は立ち寄ったりしない。どうして私がこんな処に居るのかと言うと、所謂“呼び出し”が掛かったからだ。目の前の彼女達から。
 私は校舎の壁を背にし、それを取り囲む10名程度の女子。彼女達の狙いは何なのか、私には全く理解できないしする気も無いが、何とかこの場は問題無く潜り抜けたいものだわ。

「で、貴女達は私をどうしたいのかしら?」
 私は自分を取り囲んでいる面々の顔を等しく見渡しながら、少し微笑んで言った。
「この状況を見て分からないの? 人間じゃない貴女を“裁く”のよ」
 彼女達の代表格である少女は、私の哂いを“挑発”と受け取ったらしい。事実、その通りではあるのだが。
「私は魔女なんでしょう? こんな状況くらい切り抜けられない、とでも?」
 私の自信満々な発言を聞いて、取り巻きの内の何人かは露骨に不安そうな表情を見せる。
 ――浅はかな。魔女なんて存在が本当に居るとでも思っているのだろうか?
 いや、確かに思っているのだろう。でなければ幾らなんでもこんなイジメに、クラスの大半の女子が参加する筈が無い。
 何故こんな事になってしまったのか。私は単に占いの類いが趣味なだけだというのに。――まぁ良いか。それよりは、これからどうするか、だ。
 と、その時、裏庭に入って来た人影が見えた。遠目に映ったのは、見覚えの有る男の子だ。
 泉さんの弟の――悟君、だったかしら?
 一瞬、助けを呼ぼうかという思いが頭を過ぎったが、すぐにその考えは引っ込めた。こんな事で――そう、本当にこんな些細な事で誰かに頼っていたら、私は私でなくなってしまう。

 ――その後に遭ったのは、特に記すまでもなく、単純にして陰湿な……。
 あぁ、さっきまで私を恐れていた人間達ですら、今は――

 私は魔女。生まれたての魔女。
 私を魔女たらしめる存在が有る限り、その呪縛から逃れる事は出来ないに違いない。


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