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SKIM OVER STORY 第6話『急襲と萌芽』

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 ――1990年10月6日(土)

 僕の名は深沢周平。何処にでもいるような平凡な小学3年生だ。少なくとも、自分ではそう思っていた。
 しかし、だからと言って現実的にもそうだとは、何とも……。

 避けられたのは、全くの僥倖だった。
 小学校からの下校途中、背後に不自然な雰囲気を感じた僕は、身体を左に逸らしつつも後ろを振り返った。
 瞬間、左肩を掠める細長い棒状の物体――それは振り下ろされた木製バットだ。
「な――!?」
 ガキーン、という鈍い音が辺りに響き渡る。バットが諸に地面に直撃したのだ。その衝撃で木製バットは半ばから見事に折れ曲がる。
 あまりの事に一瞬、事態が飲み込めなかった。思考が硬直する。
 ――でも一瞬だけだ。それ以上は状況が許してくれない。再び今度は逆方向から別のバット――それは金属バットだった――が振り下ろされようとしていたのだ。
「なんだって――くっ!」
 言い終わる前に僕はそのバットに対して、右手の掌底を思い切って突き出していた。避けるのは間に合わないと判断し、なるべくバットと接触面を大きくして、衝撃を和らげようと思ったのだ。
 幸いな事に掌へのダメージは小さかった。――しかしそれは『思ったよりも』に過ぎない。鈍くジーンとした痺れが右腕全体に伝わる。これで右手は殆ど使い物にならないか!?
 そしてバットの第二撃を防いだ僕を待っていたのは、脇腹に繰り出されようとしていた拳撃――三人目の男のものだ――であった。僕はそれを、何故か気持ちの中では躊躇いつつも、左腕でガードする。
 ――瞬間、とてつもなく不吉な予感が身体中を駆け巡る。なんだ、この感情は!? しかし、もう何か出来るタイミングじゃない。
 ガチッ、という硬い物同士がぶつかったような鈍い音と共に僕を襲って来たのは、今度は予想を遙かに上回る激痛だった。
「ぐをわっ――!!」
 痛覚に直接的に反応したかのような言葉にならない悲鳴が、僕の意に反して強制的に発声される。
 男の拳を見ると、親指以外の4本の指が何やら銀色に光っている。――メリケンサックだ。
 ――な、何なんだ、こいつら!?
 今や僕はバットを持った男2名(木製バットの方は既に折れてしまっているが、それでも充分に凶器である。)に、メリケンサックを装着した男1名の、都合計3名に襲われている事となってしまった。――なんてこった! どうして僕がこんな目に…?
「何なんだよ、お前ら一体!?」
 僕はヒステリックにも聞こえるくらい必死になって叫んだ。が、相手はそれに対して何らかのリアクションを取ってくれる気配はない。いや、それどころか――
 目の前の男たちは、そもそも何かこう……感情そのものが無いんじゃないか、と思わせるような表情をしていた。こうして僕に苛烈な攻撃をしているにも関わらず、彼らには僕に対する敵意とか狂気とか、とにかくそういうモノが一切感じられなかったのだ。あたかもアニメ等でよく出てくるような、『誰かに操られている状態』にそっくりだった。
 僕はこの場から脱出するのが最優先事項だと感じた。しかし廻りは完全に囲まれている。不意打ちを防がれた彼らは一先ず体勢を立て直しに掛かったようだが、僕がこの場から強行突破するのを黙って見逃してくれるほど甘くはないだろう。
 ――どうする?
 そしてこの一瞬の間ですら、相手は見逃してくれなかった。
 まずは木製バット野郎がバットを捨て、素手で殴りかかって来た。それを僕はメリケンサック野郎の側に軽くステップを踏みながら避けつつ、その勢いを利用してメリケンサック野郎の左脇腹に蹴りを入れる。が、それは敢え無くガードされてしまう――だけでなく、右足をがっちりと掴まれてしまった。
「ちっ…!」
 僕は右足が完全に動かせない事を確認すると、膝から踵に全体重を掛けるように力を入れ、さらに残った左足で思い切り地を蹴った。そして身体が地面と平行になるくらいまで上半身を倒す事によって左足の位置を高め、それをメリケンサック野郎の右肩を目掛けて振り切った。
 バキッ!
 今度は“相手の顔に”クリーンヒットした。上半身を倒し過ぎて、ほとんどオーバーヘッドキックのような体勢になってしまったらしい。怪我の功名ってやつだ。
 しかし、そうそう良い事ばかりでもなかったようだ。右のこめかみを強襲されたメリケンサック野郎は、僕の右足を掴んでいた左腕を緩めざるを得ない。だが僕は“上半身を倒し過ぎて”いた。
 ――頭から落ちる!
 咄嗟に僕はまだメリケンサック野郎の頭部付近に残っていた左足の足首に全神経を集中し、身体を180度回転させつつ、足の甲をメリケンサック野郎の右肩に引っ掛ける。勿論、これで身体の落下が停まるわけではない――が、勢いを殺すには充分だ。そして僕は衝撃を少しでも緩衝するために左手で受身を取ろうとして――そこで激しい不安感に襲われた。
 ドクゥッ!
 心臓が高鳴る。手を当てずとも分かる、この異常な心拍は何だ――!? 脳へと送られる血液が瞬間的に激増し、全神経が過剰なまでに鋭敏になった感覚に囚われ、そして――
 ――コノママデハ、イケナイ!
 脳内に――いや、身体中に響き渡る警告音。何か――このままでは、何かがヤバイ!
 寸前の処で慣れない右手での受身に切り替えるのと同時に、ゴンッ、という激突音が地面を伝わる。僕が左手を着こうとしていた位置に、バット野郎その2が所謂“大根切り”の要領でバットを振り下ろしていたのだった。もしも直撃を受けていたら、複雑骨折は免れなかっただろう。
 素早く体勢を立て直した僕は、先程の頭部への蹴りが効いたのか、ふらふらしながら倒れ込んでいくメリケンサック野郎の姿を確認した。これで包囲網に穴が出来た。ふとこのまま逃げようかとも考えたが、どう見ても相手は高校生くらいであり、小学生の僕の足で逃げ切れるとは思えなかった。とすると――やるしかないのか? これも充分、不可能な気がするのだが……。
 その時ようやく僕は『誰か助けを呼ぶ』という事を思いついた。事態が切迫している時には基本的な事項に思いが至らない場合が多々としてあるものだ、という誰かの科白を思い出した。
「だ、誰かーっ! 助けてーっ!」
 腹に力を込め、僕は有らん限りの声を出して叫んだ。


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