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SKIM OVER STORY 第7話『螺旋と告白』

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 ――1990年10月6日(土)

 朝――登校して上履きに履き替えようとした平松悟は、自分の下駄箱の中に1通の手紙が入っている事に気が付いた。薄いピンク色の可愛い便箋に綴られていたのは、「今日の放課後、学校の裏庭で待っています」という短い文章だけだった。差出人の名前も無い。その告白の予感を思わせる甘いシチュエーションとは裏腹に、何とも素っ気無い印象も受ける手紙だった。

 そして放課後、学校の裏庭――そこでは芦野絵里が、窮地に陥っていた。彼女は気丈に振る舞いながらも、クラスメートの理不尽な行動に辟易し、そして同時に一抹の寂寥感を抱いていた。そしてそれが、この現代に降り立つ“魔女”の誕生した瞬間でもあった。強いて名付けるなら、彼女は“multiply witch”――<増殖の魔女>だった。彼女は孤独で、だから何時か耐え切れなくなり、仲間を探し始めるだろう。仲間が見付からなければ、“造って”しまえば良い。それが彼女のこれからの人生に於いて、背負って行かざるを得ない呪縛となった。

 時を同じくして――深沢周平は、さらなる窮地に立たされていた。謎の集団に突如として襲われ、そして負傷している。しかし彼は“目覚め”つつあった。芦野絵里が<増殖の魔女>として覚醒したように、深沢周平も何か畸形なる存在へと。それは余りにも強大で、恐らく世界を引っ繰り返せる程の力を有する存在だ。ただ彼が“世界の敵”となる事は有り得ない。深沢周平の精神力は、どんな状況にも対応し切るだけの柔軟さと、どんな困難にも打ち勝つだけの強靭さを併せ持っていたからだ。言わば彼は“世界最強の盾”である。盾はそれ単体では何の意味も為さない。矛の攻撃を防いで初めて効果を発揮するのだ。しかし相対する矛が“世界最強の矛”だったら――“世界最強の盾”が“世界最強の矛”と出会った時の展開は、誰にも予想が出来ない。それは文字通り、運命と言う名の神ですら……。

 ほぼ同じ場所で――直前に弟と別れた平松泉は、その深沢周平が襲われている光景を目の当たりにしながら、そのまま通り過ぎて行った。自分に大きな喪失感を抱えながら、自分が変質していく様を視覚として捉えていた。超然たる赤と青の交配。2色がグチャグチャに交じり合った時、何かが新しく生まれ始める。それは彼女を大いに悩まし――その為に薄弱した精神は、他者に利用されてしまう事になる。“世界最強の矛”の小道具として。

 ――そして再び平松悟。

 彼は一旦は帰途に着いたが、しばらくして学校に戻って来た。今朝の差出人不明の手紙の事を思い出したからだ。下駄箱置き場を素通りし、裏庭へ通じる戸を開ける。まず目に入って来たのは、小さな池だ。取り敢えず池に近付いてみる。
 ……少し臭う。池を取り囲む石にビッシリと生えている苔の臭いだ。平松悟は少し顔を顰め、そして思い出したように辺りを見渡す。
 上級生の女子達が何人か見える。彼は「掃除当番だろうか」と思ったが、実際には裏庭は生徒が掃除をする訳ではないのだった。平松悟が見たのは、芦野絵里が虐めに遭っている場面である。しかし彼は、その事に気付かなかった。
 彼は「手紙を出したのは、あの人達じゃないよな」と考え、他を見てみる。すると池の反対側に、何時の間にか一人の少女が立っていた。平松悟の同級生――吉野恵美である。彼女は、ゆっくりと微笑んだ。

 しばらくして――

「ごめん、まだ俺、そういうのに興味無いから」と言い残し、平松悟は去って行った。残された吉野恵美。その表情には屈辱の色が見て取れる。そして近くの木陰から、数名の女子が出て来た。その中の一人が口を開く。
「恵美、今回はあんたの負けね、珍しく」
 すると吉野恵美は、忌々しそうに顔を歪めて応えた。
「煩いわね、分かってるわよ!」


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