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SKIM OVER STORY 第9話『神沼明日香』

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 ――1991年6月20日(木)

 私、神沼明日香は対外的には極平凡な女子高生という役割を担って日常生活を送っている。友達からは「アンタは変わってる」とか言われる事も屡だが、多分それは“正常な範囲内での異常”という意味だろう。そうに違い無いし、そう願いたい。
 しかしながら私には決定的に私を“異常”たらしめる要素が有る。それは私しか知らない事だ。恐らくその事を他人に言えば、最初の内は冗談だと思われ次第に頭を心配される事になるだろうし、信じてくれたらくれたで気味悪がられるだろう。私が“それ”を認識したのが事の重大さを認識出来る年齢になってからで本当に良かったと思う。幼い時であれば無邪気に自分から話していただろう。

 実は私は――他人の思考が読める。

 思考を読む――何もそれは『他人の心理を推理するのが巧い』というレベルではない。文字通り他人がその時点で考えている事が手に取るように分かるのである。
 例えばさっき学校帰りの私の眼の前を横切って行ったサラリーマン風の中年男性は、「あと3件。あと3件……」と短い言葉を繰り返し頭の中で反芻していた。契約件数のノルマまで『あと3件』という事だろうか? 私に分かるのは『その時点で考えている事』だけなので、細かい付帯状況などは長い間その人の思考を読み取り続けないと分からない。普段はそんな趣味の悪い事はしないけれども。
 本当は「あと3件」なんて言葉も読み取りたくは無かったのだが、私の視界の中に入ると自動的に思考を読み取れてしまうのだ。これは相当に困った事である。この能力の所為で“本当の意味での友人関係”を知る事になったという程度の事は御愛嬌で、人間の禍々しい負の側面を見せ付けられる事も頻繁にある。詳しい事は控えるが。
 そして今、私の目の前には不思議な少年が立っていた――

 見掛け上は普通の小学生の男の子だった。ランドセルを背負っているから間違えようが無い。しかし彼が考えている事が明らかにおかしかった。
 その少年は「僕には未来を予知出来る」と“思っている”。そこには一片の疑問も無く、完璧なる確信だ。これが意味する処は2つしか無い。即ち、彼が子供染みた(実際、子供だが)妄想に囚われているか、本当に未来を予知出来るか、だ。冗談などでは有り得ない。自身の思考の中で嘘を付く意味が無いからだ。
 私は何か徒ならぬ物を感じ、珍しく同一人物を視界に入れ続けた。彼の様々な思考が奔流となって私の脳に送り込まれて来る。

「僕には未来を予知出来る」
「だが僕の未来予知は完全ではない」
「まだ成長を続けているようだ」
「この能力を巧く使って何とか事態を打開しなくては」
「他人を巻き込んではならない」
「敵は何が目的なんだ?」
「分からない」
「恐らく僕のこの能力には気付いていない筈だ」
「僕ですら詳細に気付いたのは最近なのだから」
「しかし何らかの違和感を持たれている可能性は有る」
「僕が今でも無事なのはどう考えても不自然だ」
「しかし執拗に僕を狙っているが襲われる頻度は高くない」
「僕ばかりを相手にしている訳ではないのか?」
「もしかして最近この近所で頻発している通り魔事件は全て敵の仕業なのか?」
「だとしたら――」

 私は驚愕した。とても小学生の思考とは思えない内容だったからだ。この少年は一体、何と闘っているというのだ?
 私はこの少年に話し掛けようとした――が、一歩踏み出しただけで思い留まる。何と言葉を掛ければ良いか分からなかったからだ。しかし何か――絶対に放っておけない“何か”が起こっているような気がした。このままでは彼は大変な事になるのではないか――そんな漠然とした予感が。
 やっぱり話だけでも訊こう――そう思い、再び少年に向かって歩き出そうとしたその時、背後で複数の人間の気配がした。何気なく振り返った私の視界に幾つかの人影が映る。夕焼けの逆光で容姿はよく分からない――が、私の能力はそんな事もお構い無しに発動する。
「――え?」
 一瞬の内に相手の思考を読み取った私は、今度こそただただ唖然とするより他に無かった。


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